冬菜かしこの「ジムと畑とボランティア」の日々

二人娘は小学生、アラフィフママのどたばたな毎日の記録。

【ジム】無理をしない

毎月どのくらいジムに行ったのかを、

可視化してヤル気をだすため、

カレンダーに、ジムに行った日を〇している。

それを見ると、しっかり行けているか、

ほとんど行けていないのか、一目瞭然。

ヤル気を出る仕組み作りは大切だな。

 

ジムって、誰にも強制されていないので、

休もうと思えば休めるし、

サボろうと思えば、いくらだってサボれる。

それでも、それをしてしまうと、

サボり癖になってしまい、

直すのが難しくなってしまうのだ。

この年齢になれば余計に、

楽な方を選んでいけばそのうち、

何にもない生活になってしまうのは目に見えている。

なので、えっちらおっちら、

相変わらずの一人ジムをしてきた。

 

小学生の二人娘の個人懇談やら、

私のピアノ教室やら、

午後からはいろいろと用事が立て込んでいる私。

午前中はしようと思えば2つのレッスンが出来るのだが、

午後の忙しさに影響しないようにと、

ちょっと配慮して、レッスンは一つにしておいた。

 

いつもの先生のラテンエアロのレッスン。

珍しく全身黒色のレッスン着の先生に新鮮さを感じながら、

足や腰や両腕や、くねくねと、

ラテンエアロ独特の動きで踊っていた。

今までしたこともないような振り付けをしながら、

「三年以上もラテンエアロしているけど、

未だに新しい振り付けがあるんだ。すごい」

と、プロの先生のすごさに感心しながら、

頭の体操と身体の運動とを兼ねたやや難しいレッスンをこなしていった。

この先生はたまに「あとは、みなさんでー」と言って、

お手本を辞めてしまうこともあるのだが、

今回はそれはなく、ちょっとほっとしながら、

先生の動きを見ながら踊っていった。

 

ジムが終われば、今日はさっと帰宅して、

朝できなかった掃除を済ませて、

お昼ご飯を頂いた。

そして娘たちの個人懇談のために小学校へ行き、

学校の様子を聞いたり、自宅での様子をお知らせしたりした。

 

ジムを早めに切り上げたおかげで、

わりと気持ちに余裕をもって、

個人懇談できたように思う。

無理をしないって、大事だなとつくづく思った。

 

気を抜くとすぐに、

ジムのレッスンを2つこなし、

そのあとプールで数十分も泳いでしまう私なのだ。

実家の母曰く「体がバテるまでやって、倒れるタイプ」なのだそうだ。

まったくもって、その通り。

実母はよく見ていらっしゃる。

若いうちはそれでもなんとかなったが、

中年ともなれば、50代ともなれば、

そんな無茶をしてはいけないな。

 

一旦倒れたら、

復旧するのにとてつもない時間と労力を要するのだ。

何事も、無理は駄目。

それが中年以降を乗り切る秘訣のような気がしている。

 

高齢出産で、周りのママ友さんたちは、

みなさん、一回りも年下の方がほとんど。

それでみなさんにパワーをいただける時もあるが、

みなさんと同じようにはしないように気を付けている。

徹夜をしても、翌日良く寝ればすっきりする若い人と違い、

徹夜は体の芯から疲労困憊させるものになってしまっているのだ。

あまりにも、危険だ。

注意することが肝心だ。

 

要は己を知る、ということが大切なのかもしれない。

もちろん、年齢を重ねるということは、悪い事ばかりでもなく、

少しばかりの良いこともあるにはあるのだ。

 

例えば、今までの失敗から学んだことを活かして、

失敗することが減ってくるのだ。

そして、だんだん周りが見えてくるようになり、

自分の立ち位置だとか、自分の能力だとか、

自分の許容範囲だとか、自分の限界だとか。

そういった客観的な見方が出来るようになってくるのだ。

それにあぐらをかいて、えらそうにしてはいけない。

でも、その長所を生かして、

現在の短所をおぎなっていくことが出来るようになってくるのだ。

 

今の私たちは、年齢を逆回しすることは出来ない。

いくら望んでも、若くなることはないのだ。

それならば今の状況を一旦受け入れて、

どう対処していけばベストなのかを、

考えることが大切なように思うのだ。

 

「今の状況を一旦受け入れる。すべてはそこから」

そんな風に思うのだ。

どうしてもだめなら、その場所を降りる。

でもそれまでは、いろいろ対処方法を考えてみる。

人生は自分がカスタマイズしていくゲームに似ている。

楽しくするか否かは、自分にかかっている気がする。

 

ならば。

いっちょやりますか。

そんな、姿勢でやっていこうと思っている。