冬菜かしこの「ジムと畑とボランティア」の日々

二人娘は小学生、アラフィフママのどたばたな毎日の記録。

【ボランティア】生け花の師範

生け花ボランティアの師範の方が、

引退を考えているという情報を得たのが1学期。

そして2学期になり、不安になりながら行ってみた。

でも、ちゃんと来てくださっていて、安堵。

良かったーという気持ち。

 

ところが、一応、引退のことをさりげなく聞いてみたところ、

「絵を描きたいのよ」

と言われた。

「あれもこれもしていたのでは、

時間も気持ちもついていかない。

だから、徐々にボランティアから

離れていこうと思っているの」

ということだった。

今すぐ、ではないにしても、そのうち、

引退する心づもりの様子。

 

学生時代、絵が上手で、

学校でほめられたりしていたという

生け花の師範の先生。

生け花の才能だけではなく、絵の才能もおありだったのだ。

 

テレビの「プレバト」を見ているというお話もされて、

もしかしたら、そういうのもあり、

絵を描くことに、向かいたくなったのかもしれない。

 

私も学生時代は絵を描くことが大好きだった。

大した才能がないことは重々承知の上で、

数人の友達がほめてくれるのがうれしかったもの。

さらさらっと描いて美術部の友人が先生にほめられ、

時間をかけて描いて私の絵がそれほどの評価を得られず、

落胆してから、絵の才能はあまりないと、

自分で自分を客観視して、

あきらめた思い出もある。

 

それでも、最近になって思うのは、

自分がしたいなら、すればいいんじゃない?

ということ。

人生は、長い。

それでも、人生の終わりを意識してからの

人生は、長くはない。

そう思うのだ。

 

ならば、生け花師範が絵の方に行ったとしても、

それをひきとめることは、

あまり素敵なことではない気がしてくるのだ。

師範にとっては、

「人生の終わりを考えて、したいことをしたい」

とのことで、それはやはり、生け花の弟子としては、

応援するしかないか、と思っているのだ。

 

だって、私が好きなのは、師範の先生、そのものだから。

師範の生ける、生け花が好き。

師範の指導を、受けるのが好き。

師範の話す、お花の話が好き。

だけど、一番好きなのは、

師範のその飾らないお人柄だから。

ならばそれをそのまま尊重して、

今以上に輝く師範の先生を

そっと見守っていくしかないではないか。

 

ピアノを20年以上もならっていたという

生け花師範の先生。

ピアノの指導者の先生が指導をやめてからは、

ピアノをやめてしまったそう。

そうした、ひとつのことを長くしていける

努力の方でもある。

きっとこれから絵を描き始めれば、

それをとことん突き詰めていかれるのだろう。

 

今日わたしが

「ボランティアすべてをやめるのではなくて、

一旦、休憩、という形ではどうですか?

いつでも復帰できるように」

とたずねたところ、こんなお返事が返ってきた。

 

「あなたはまだ若いから、一旦休憩して、

また復帰もできるでしょう。

でもね。

私くらいの高齢者になるとね。

一度足を止めたら、

すぐに以前のように復帰するというのは難しいのよ。

だから、すっぱりやめた方がいいのよ」

 

師範の方は、いつもの柔らかい笑顔で

そうおっしゃっていた。

でもその言葉の真意としては、

いろいろなことを、少しずつ、

あきらめていかねばならない、

いくらかの寂しさがにじんでいたように思う。

 

私の実家の母と同じくらいの、

80歳くらいのお年の先生。

実家の母の事を思えば、

いくらお元気に見えても、

無理は出来ない年齢だ。

今から絵を描きたいという、

そのお気持ちだけでも、

素晴らしい事だと思ってしまう。

 

いつまでも生け花を指導してほしい。

いつまでも生け花を生けて見せてほしい。

その願いは叶わないのだろうけど、

しっかりと師範の方の素敵なこれからを、

願っていこうと思っている。

 

人生の先輩は、

いずれ私が通る道の先輩。

その時にまごまごしないように、

今の素敵な人生の先輩方の生き方を、

しっかりと見て、

学んでいこうと思っている。

 

今、おぎゃあ、と生まれた赤ちゃんも、

いずれしわを刻んだ高齢者になる時がくる。

みんな、みんな、順番だ。

 

ならば、どうせなら、

お手本をたくさん作って、

自分の人生の参考書にしていきたいと

思っているのだ。

 

自分だけで考えるのには、

どうしても限界があるから。

視野を広く、

たくさんの人生を、

両目を開いて見ていきたいと

思っているのだ。